国際仏教学大学院大学
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    平成19年度第1回公開研究会 発表要旨



林寺 正俊(国際仏教学大学院大学 学術フロンティア研究員)


『三法度論』は誰が訳したのか? -新出資料に基づく訳者考-

  『三法度論』とは阿含経の要義を三種に分類した論書であり、紀元391年に僧伽提婆によって訳出されたものである。本書には同本異訳として紀元382年に訳された『四阿含暮抄解』があり、これに対しては道安の序があることからも知られるように、彼自身がその訳出に深く関わっている。
 日本の古刹である金剛寺と七寺に蔵される『三法度論』の古写経本は、諸版本によって知られる『三法度論』とは異なっている。その相違点は次の二つである。第一は古写経本の冒頭に『三法度経本』という独立のテクストが付されていることである。この冒頭以外については、どちらも訳文はほぼ同じである。第二は訳者に関する記述が異なることである。すなわち、諸版本では「僧伽提婆が慧遠と共に訳す」となっているのに対し、古写経本では「僧伽提婆が道安と共に訳す」となっているのである。興味深いことに幾つかの経録では「『三法度論』には二訳があり、そのうちの一訳(道安訳)が欠けている」と記されている。従って、訳者として道安の名を載せる古写経本は、経録にいうまさにこの欠本テキストに該当すると考えられるのである。これは中国において失われたテキストが日本の古写経中に発見された好例であると言えよう。
 ところが、ここに次のごとき新たな問題が生ずることになる。二種の『三法度論』は冒頭を除けばほとんど同文であるが、果たして本当に僧伽提婆は道安と慧遠のそれぞれと個別に『三法度論』を訳したのだろうか。また、道安自身は同一のインド語原典を『四阿含暮抄解』『三法度論』という異なる名称のもとに二回も訳したのだろうか。こうしてみると、本書の訳者に関する記述はいささか奇妙である。
 本発表では日本古写経中の新出資料『三法度論』をもとにしながら、訳者をめぐる以上の問題について考察する。
 
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