日本古写経善本叢刊 第五輯
『書陵部藏 玄一撰 無量寿經記・身延文庫藏 義寂撰 無量寿經述記』

本書は新羅浄土教における貴重書の影印・翻刻の紹介とそれに関する論考を収録したものです。共に『無量寿経』の注釈書で、一書は書陵部蔵玄一撰『無量寿経記』上巻(以下書陵部本)です。下巻は現存せず、現在は上巻のみが活字化されて『卍続蔵経』に収録されています。これは嘉永七年(一八五四)の書写本を底本にしたものですが、これより時代が遙かに遡れる資料として、書陵部本(奈良朝写本)や、この書陵部本を丹山順芸(一七八五―一八四七)が転写した巻子本があります。そこで、これらの比較検討の作業を進めた結果、興味深いことを知り得ました。

まずは、嘉永七年本には乱丁や脱落が認められることです。次に現存諸本は全て同一箇所を欠くことより、書陵部本を祖とする伝本であると思われ、更に書陵部本には、他の諸本には見られない冒頭箇所(断簡)が七行ほど確認できることです。
従来は、本書が玄一よりも先輩である法位(七世紀)の『無量寿経義疏』を多く引用することから、全く法位に依っているとの評価しか与えられてこなかったのですが、それを見直すことによって、『無量寿経記』上巻を再評価していく契機になることでしょう。
もう一書は身延文庫蔵義寂撰『無量寿経述記』巻第一(断簡)です。本書の現存本は今まで確認されておらず、かつて恵谷隆戒氏が源隆国(一〇〇四―一〇七七)『安養集』等から逸文を蒐集して作成した復元本(以下、恵谷復元本)によって概要を知ることができ、復元から三十年以上、唯一の資料として知られてきました。

新羅浄土教の系譜を再考する必要性の認識が高まる中で、身延山久遠寺の身延文庫で『無量寿経述記』巻一の断簡が見出されました。恵谷復元本との共通部分を対照することにより、身延文庫本は確かに『無量寿経述記』であることを確認し、解明を更に進めることが可能となりました。結果として従来知ることのできなかった一部の科段を見ることができ、また恵谷復元本の一部を修正できました。

本書所収文献が新羅浄土教を研究する上において更なる展開をもたらす一助になることと期待しています。
(編輯担当 南宏信)

南宏信〔解題・翻刻・論攷〕

内容

緒言(落合俊典)

  1. 書陵部藏 新羅玄一撰『無量壽經記』卷上
    [解題]
    [影印・翻刻]
    [論攷] 淨土敎における三部經觀
    ―唐・新羅における説時順序をめぐって―
  2. 身延文庫藏 新羅義寂撰『無量壽經述記』卷第一(斷簡)
    [解題]
    [影印・翻刻]
    [論攷] 新羅義寂撰『無量壽經述記』の撰述年代考
    『無量壽經』末疏における八相示現の解釋
    ―義寂撰『無量壽經述記』を中心に―

編集後記