HOMEお知らせ日本古写経研究所平成30年度 第1回公開研究会

平成30年度 第1回公開研究会

日時

2018年5月12日(土)午後3時15~午後5時00分

会場

国際仏教学大学院大学 春日講堂
東京都文京区春日2-8-9
アクセス

発表者

大竹 晋(仏典翻訳家)
「『大乗起信論成立問題の研究』をめぐって ―日本古写本研究と日本仏教研究とへの展望―」

【発表要旨】

『大乗起信論』は、南北朝時代末期(6世紀中頃)の中国に漢文のかたちで現われた仏典である。南朝の摂論宗の祖である来中インド人、真諦(499-569)の漢訳に帰され、在印インド人、馬鳴の撰述と称される。

隋の法経『衆経目録』(594)においては、「人」は同論を真諦訳と言っているにせよ、真諦の翻訳リストのうちにないと指摘され、百済・慧均『大乗四論玄義記』(7世紀初頭)においては、北朝の地論宗が馬鳴の名を借りて同論を偽作したと指摘されている。ただし、唐以降においては、成立問題はほとんど等閑に付され、同論は漢字仏教圏においてあたかもインド仏教への手軽な入門書のように扱われてきた。

成立問題について議論が本格化するのは、近代日本において、望月信亨(1869-1948)が同論の内容に疑念をいだき、研究を開始してからである(1918年以降)。望月は『大乗起信論』の語彙や文体が北朝の漢訳の語彙や文体と合致することを発見し、『大乗四論玄義記』の指摘を高く評価しつつ、最終的には地論宗南道派撰述説を提起した。

現代日本においては、望月の研究の方向性こそが成立問題を解決に導くことが次第に明らかになってきた。竹村牧男(b. 1948)は『大乗起信論』の語彙や文体が北朝の漢訳の語彙や文体と合致することをさらに証明し、初期地論宗撰述説を提起した。高崎直道(1926-2013)はインド人――真諦とは限らない――が中国においてインドのことばで口述し、訳場において北朝人がそれを漢訳したという来中インド人撰述説を提起した。

本発表者は、昨年、『大乗起信論成立問題の研究』(国書刊行会、2017)を刊行、近年いちじるしく進展した、漢文大蔵経の電子化と、敦煌出土北朝仏教文献の翻刻出版との二大成果を活用しつつ、地論宗撰述説と来中インド人撰述説との両方を斥け、北朝人撰述説――『大乗起信論』は地論宗の成立より前に北朝人によって撰述されたという説――を確定した。

今回の発表においては、『大乗起信論』成立問題について研究史を概観し、拙著の内容を紹介するとともに、拙著の内容を踏まえ、今後の日本古写本研究と日本仏教研究とに対するささやかな展望を示したい。

後藤 康夫(龍谷大学世界仏教文化研究センター研究員)
「玄奘訳『因明入正理論』の理解について」

【発表要旨】

インドでの求法取経から貞観19年(645)に帰国後、直ちに長安で漢訳に着手していた玄奘(600(2)~664)が、『開元釈教録』(智昇撰730)によれば唯識論書“Yogācārabhūmi”(『瑜伽師地論』)漢訳の合間を縫い、商羯羅主(Śaṅkarasvāmin)の“Nyāyapraveśa(『ニヤーヤ・プラヴェーシャ』)の漢訳『因明入正理論』(貞観21年8月6日[647年9月10日])(『入論』)及び『瑜伽師地論』(貞観20年5月15日~貞観22年5月15日[646年7月3日~648年6月11日])訳了後、陳那(Dignāga)(480~540頃)の“Nyāyamukha(『ニヤーヤ・ムカ』)の漢訳『因明正理門論』(貞観23年12月25日[650年2月1日])(『門論』)を相次いで訳出すると、新しい学問体系である因明(仏教論理学)の入門書として迎えられた。この新しい学問を積極的に摂取するために玄奘門下であるか否かに関わらず多くの研究(註釈書)が現れていて、中国唯識学派内外での受け止め方は種々あったものの現存・散逸に関わらず『入論』註釈書が『門論』註釈書より遙かに多くなっている。これは『入論』が「因明の入門」として〈宗〉(主張提案・論証主題)〈因〉(理由・根拠)〈喩〉(肯定的及び否定的喩例・実例)の論証式を中心とした〈能立〉(正しい論証)及び三十三過失を説く〈似能立〉(誤った論証)や〈現量〉(正しい直接的知覚)及び〈比量〉(正しい間接的知覚・推論)、〈似現量〉(誤った直接的知覚)及び〈似比量〉(誤った間接的知覚・推論)、〈能破〉(相手の主張・論証への正しい論破)及び〈似能破〉(相手の主張・論証への誤った論破)の自悟(現量比量似現量似比量)悟他(能立能破似能立似能破)二義八門構成によって体系的に説示され、論証式を中心とした因明を学ぶ上で比較的適切な書籍となっているという認識による。しかも玄奘の正系に位置する基(632~682)は因明把握の観点から『門論』ではなく『入論』の註釈書『因明入正理論疏』(『因明大疏』)を著している。唯識の伝来と倶に日本へ伝わると、日本法相宗では中国唯識の傾向と同様に『入論』及び『因明大疏』が中心となり研究が進んでいて、通時的にみて『因明大疏』及び基系統の慧沼(648~714)・智周(668~723)の所謂「法相三祖」の複註書への解釈が殆どを占めている。現存の有無に関わらず主要因明典籍では、因明が定着・研究されていく古代から中世へ、論義展開を軸に示すと論義の形成期から大成期にかけて『入論』及び件の註釈書・複註書への解釈が中心となっている。換言すれば、日本の因明展開は『入論』等を重視していたと言うことが可能である。ところが、因明論義の起点に位置付けられる『入論』には漢訳当初から少々問題点が残されていた。論証式を構成する〈能立〉の三支作法〈宗〉〈因〉〈喩〉の中、〈宗〉の定義について「此中宗者。極成有法極成能別差別性故。隨自樂爲所成立性是名爲宗。如有成立聲是無常」(『入論』)を巡って「差別性故」を「差別為性」と改訳・解釈したとして玄奘門下の文軌(615~675)や官僚の呂才(600~665)に対し基及びその法系が猛烈に批判していることである。その後の歴史的推移としては基等の批判以降、文軌釈を支持する者は見当たらず、現行刊刻の大蔵経では日本仏教界で使用している『大正新脩大蔵経』とその底本の『再雕版高麗大蔵経』以外の歴代大蔵経は、基所説の語句と同じ『入論』となっている。しかも日本における『因明大疏』の現存最古の註釈書、善珠(723~797)の『因明入正理論疏明灯鈔』では当該箇所は基所説に対し懐疑的解釈を取っておらず、『因明大疏』に添った註釈をしている。東アジアにおける『入論』理解を探る上で、日本では因明伝来以降、如何なる『入論』を使用し註釈しているのか聊か明らかにしつつ、併せて暫定的校訂本を提示するための基礎報告としたい。

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