令和8年度 第1回公開研究会
日時
2026年5月9日(土)午後3時15分~午後5時00分
会場
発表者
辛嶋雲青 (共立女子大学・創価大学 非常勤講師)
「古漢語研究による仏典真偽の検討―長短二部の竺法護訳『鹿母経』を例として」
【発表要旨】
『大正新修大蔵経』に、長短二部の竺法護訳『鹿母経』(以下、長短二部という)が収録されている。長短二部のそれぞれの内容が概ね対応している。また、宝唱編纂の『経律異相』には、長短二部の内の短篇『鹿母経』の内容・表現と極めて類似する『鹿第七・鹿母落摾乞與子別還來就死一』があり、「出『鹿子経』」と記されている。さらに僧祐『出三蔵記集』には「支謙訳『鹿子経』」との記載がある。
本報告では、長短二部の竺法護訳『鹿母経』のいずれが偽経なのか(論点①)、長短二部の『鹿母経』と『鹿子経』との関係(論点②)、「支謙訳『鹿子経』」の存在の有無(論点③)について考察する。
以上の問題を明らかにするために、具体的には次のように検討を行う。
【論点①、③】まず長短二部の比較を行い、両者において用いられる語彙を調査する。その結果、長短二部には支謙訳には一度も使用されていない表現が多数見られることが明らかになった。このことから、長短二部が支謙訳ではないことが証明できる。また長短二部のテキストにみえる「爾時」・「言」・「賢者」などの語の使用回数について比較を行い、長篇『鹿母経』が本来の竺法護訳経典で、短篇はその簡略本であるという結論に至った。
【論点②】『大正蔵』に『鹿母経』が二部がある理由としては以下の可能性が考えられる。ある類書の編者が、『鹿母経』を簡略化したテキストを作成した。その後にこの類書は散逸したものの、その簡略本は残り、これが流通した。この簡略本のテキストは『鹿子経』と名付けられていた可能性が考えられる。日本古写経の七寺本『鹿子経』の存在はこのことを証明していると言える。六世紀初頭、宝唱は『経律異相』を編纂する際に、『鹿子経』と呼ばれたこの簡略本をさらに簡略にし、「鹿第七・鹿母落摾乞與子別還來就死一」を作り、そこで「出『鹿子経』」と記した。
野村俊一 (東北大学大学院 工学研究科 准教授)
「栄西の建築知識と部材認識」
【発表要旨】
本発表は、既発表原稿などをもとに、南宋への渡海歴を持つ栄西の建築造営の理念や背景を探り、彼が手がけた唯一の現存遺構である東大寺鐘楼の意義を考察するとともに、特定の建築部材について認識していたか否かについて検討するものである。とくに、落合俊典氏が示唆する、栄西による「肘木」の認識について考察を加える。
まず、栄西の建築知識とその習得背景についてであるが、彼は単に資材を日本から輸送しただけでなく、天台山万年寺において自ら身銭を投じ、三門や両廊の造営に携わるなど、南宋の現場で実務を体験していた。このことから、重源以上に建築造営に関する具体的な情報を得る機会が多かったと推察される。栄西が建築を表象した絵図や模型を持ち帰ったという同時代史料は確認されないが、建築造営の実体験から、その技術や様相を記憶として内面化し、情報として獲得していたことは間違いないだろう。
栄西が東大寺大勧進職を務めていた同時期に完成したと推定されているのが、東大寺鐘楼である。この鐘楼は重源が造営に携わった東大寺南大門にみる大仏様の特徴を持ちつつも、柱間に組物を配する「詰組」を採用し、かつその下に通常敷かれる「台輪」を設けないという特異な形式を持つ。この形式は、栄西が訪れた一二世紀の浙江地方の建築にみる形式が具現化した可能性が高い。
留意すべきは、東大寺鐘楼の詰組において、屋根荷重を直接支える「尾垂木」を使用せず、一部の「肘木」が前方へ持ち出されることで疑似尾垂木になる点である。つまり、本来構造上必須となるはずの尾垂木(疑似尾垂木)を、肘木を加工することで見かけ上の化粧材として再現しているのである。
栄西自身が直接「尾垂木」や「肘木」という言葉を用いたことを明確に示す書状等の直接的な引用はない。しかしながら、栄西は宋人工匠の特異な技術を習得した東大寺工匠たちを差配し、協働で造営に当たっていた。自ら南宋での造営現場に深く関与した経験を持ち、東大寺鐘楼において、「肘木」にも関わる特殊な建築技法がみられることから、現場の最前線で職人たちと具体的な意匠の指示や調整を行っていたと察せられる。現状、「肘木」について直接的な文言を残したことを証すことはできないが、造営の現場において「肘木」などの建築専門用語を認識し、実務レベルで使用していた蓋然性は高いだろう。
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